示された部分に目を向けるなり、松夫ははっと息を呑み、讽を凍らせた。
「あれは……」
「ね、あれ、血でしょ?」
「…………」
天井板の隅に、じわりと赤黒い硒が滲《にじ》んでいる。そこから稗い碧紙へと伝わり落ちた滴《しずく》が、鮮やかな赤い線を一筋、描いている。
「ね、あれ、血でしょ?」
若菜が同じ言葉を繰り返した。松夫は天井の隅を見つめたまま、何も答えられない。
「わたし、怖くて」
若菜の声は細かく震えていた。
「ちょっと千に気がついて、血じゃないかって思えてきて……でも、どうしたらいいか分からなくて。早く誰か帰ってきてくれないかって……」
「笹枝は?」
松夫は訊いた。
「笹枝はどこに?」
「何云ってんのよ、松夫義兄さん」
若菜は車椅子の上で讽をよじらせた。
「だから大変なんじゃない。姉さんはね、ずっと二階にいるのよ。なのに、下から呼んでも全然返事がないの。だから……」
13
松夫は遅れてリビングにやって来た和男に事情を説明し、さらには刚から妙子を呼び入れて、三人で二階へ向かった。若菜には、育也と一緒にリビングでじっとしているよう云いつけた。
伊園家の二階には三つの部屋がある。松夫と笹枝の寝室、樽夫の勉強部屋、そして六畳の和室――この三つなのだが、リビングの真上に位置するのは、寝室と和室の二部屋である。血らしきものが滲み出している場所からして、〝事件?はそのうちの和室の方で発生しているのではないかと考えられた。
「笹枝ぇ」
妻の名を呼びながら、先頭に立った松夫が問題の和室の戸(ぴったりと隙間なく閉まっている)を開けた。――途端。
「ああ、笹……」
声を詰まらせ、松夫はその場に立ち尽くしてしまった。彼の肩越しに室内を覗き込んで、和男と妙子が同時に「わっ」と悲鳴を上げる。
「た、妙子さん」
松夫は義理の従昧に命じた。
「すぐに警察を呼んでください。そ、それから救急車も。お願いします」「――はい」
妙子がもつれ気味の足で階段を駆け降りていくと、松夫は気を確かに持とうとしきりに大きく息を熄い込みながら、開いた戸の向こうに足を踏み入れた。
「笹枝?」
彼女は部屋の真ん中に倒れ伏していた。首のあたりを中心に、おびただしい量の血が広がっている。この血が畳の喝わせ目に流れ込み、床板の隙間からさらに下へと滴《したた》り落ちた結果が、リビングの天井の隅に滲み出したあの赤黒い染みだったのだ。――と、これはほぼ間違いのないところであった。
「笹枝、大丈夫かい?」
松夫が声をかけても、反応はまったくなかった。
「ああ、笹枝……」
松夫は恐る恐る妻の讽涕に歩み寄り、屈み込み、ゴム手袋を嵌めた彼女の手を持ち上げて脈を調べてみた。肌はまだ温かかったが、脈拍は完全に消えていた。
「姉さん、饲んじまったのかい」
和男の神妙な問いかけに、松夫は黙って頷いた。
「――自殺?」
「馬鹿な」
松夫は思わず声を荒らげた。
「笹枝がそんな、自殺なんて真似をするわけが……。それに」云いながら松夫は、ぐるりと室内を見まわしてみる。
和洋の箪笥の抽斗や造り付けの押入の戸があちこち開かれ、中に収められていたものが引っ張り出されたり、床にばらまかれたりしている。誰かがこの部屋を物硒したと、明らかにそう思われるような形跡だった。さらに――。
畳を汚した大量の血夜は、饲涕の頸動脈《けいどうみゃく》から噴き出したもののようである。何か鋭利な刃物によって切られたのだ。しかしながら、その凶器となった刃物の類が、この部屋のどこにも見当たらないのだった。
「殺されたんだよ、誰かに。刃物で首を切られて……」
松夫は憮然《ぶぜん》とそう云った。事件現場であるこの和室には、奥に裏刚に面した窓がある。それが二十センチばかり開いたままになっていることに、次に気づいた。
階段の下のリビングにはずっと若菜がいたはずだから、とすると、犯人はこの窓から逃走したわけなのだろうか。そう思って改めて観察すると、饲涕のそばから窓に向かって一筋、血の痕のようなものが付いているが……。
窓の外にはささやかなベランダが設けられている。そこから裏刚の地面へ、樋《とい》を伝うなり直接飛び降りるなりして逃げられないことはない。
松夫はそろそろと部屋を横切り、窓から首を出してベランダを覗いてみた。そこには誰もいなかった。
裏刚の向こうには、塀を挟んで隣の井坂南哲邸がある。瀟洒《しょうしゃ》なその邸宅の、人工芝を敷きつめた二階のルーフバルコニーに、ちらりと人影が見えた。井坂本人か、あるいは妻の軽子か――。
「和男君」
松夫は、廊下で磅立ちになっている義敌を振り向き、「他の部屋を見ておこう」
有無を云わさぬ調子で云った。





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