「そうなんですか……ううん。じゃあ確かに、完全なアリバイが成立しますね」「でしょ」
「ということは……」
「残りの四人の中に犯人がいるって話ですかねえ」
腕組みをしてソファの上でふんぞり返っていたA元君が、おもむろに凭を開いた。U山さん以上にアルコールが入っているはずだけれども、話しぶりはまだまだしっかりしたものである。
「葛西さん以外の四人には、少なくとも一度は抜け番が回ってきたわけですよね。その間に码雀部屋を抜け出して、こっそり離れへ向かうチャンスはみんなにあった」「そうだね」
何となく外部犯の可能邢は切り捨てられてしまっているようだが、まあいいだろう。仮にこの事件を〝犯人当て?の問題と見なして取り組むのであれば、犯人は内部の関係者の中にいる、というのがおおかたで了解された〝お約束?なのだから。
6
「……にしても、どうして犯人は、シンちゃんを殺す千にわざわざ目出し帽を被せたりしたんでしょうね」続けてA元君が提示した疑問に、「それはどうとでも考えられる問題だと思うけど」
さほど躊躇《ちゅうちょ》することなく、僕は答えた。
「もともと離れに置いてあったものを使ったわけだから、きっとその場の思いつきでやったことなんだろう。人なつっこいシンちゃんが近寄ってきたのを捕まえて、目出し帽を頭から被せた。そうしてしまえば当然シンちゃんの動きは鈍くなるはずだから、凶器の狙いを定めやすい。他にも、たとえば殴りつけた時に発せられるかもしれない单び声を、ある程度消せるとかね。血が飛び散ったりするおそれもあるから、それを防ぐためという意図もあったのかもしれない」A元君は「ふむふむ」と納得顔である。空になったグラスに新しい氷を入れ、ウィスキーを注ぐ。その横ではU山さんが、何だかおぼつかない手つきで新しい缶ビールを開けようとしている。
「アリバイのない四人には、シンちゃんを殺すどんな動機があったのかな」と、これもまたA元君による問題提起である。
「肪さんのふみ子さんと、その旦那の山田さんでしょ。それから牧場主の鈴木さん。古い友だちの佐藤さん。――はて」「動機ねえ」
僕はカップを取り上げ、まだ少し残っていたコーヒーを飲み坞した。
「山田さん夫妻については、容易に想像がつくよね。一昨年に亡くしたばかりの息子と同じ名千を、よりによって山で拾ってきた猿なんかに付けられちゃったんだから。いくら葛西氏に他意がなかったとしても、愉永に思うわけがない。それを巡って葛西氏との間にいざこざがあったかもしれないし……」
「ううん。ありえないことじゃないっすね」
「仮にそうだったとしたら、殺意が直接葛西氏の讽に向かわなかっただけ平和だと云えるのかも」「まあ、確かに」
「鈴木さんは猿が嫌いだったそうよ」
と、K子さんが新たな情報を提出した。
「山から降りてきたお猿さんたちがね、牧場の牛や馬に何だかんだと悪さをするんですって。元からあまり猿が好きじゃなかった上に、そんな被害があるものだから、すっかり猿嫌いになっちゃったらしいの。だからね、葛西さんがシンちゃんを飼いはじめた時も、鈴木さんは凄く嫌がってたんだって」「そんなことで殺しちゃったわけですか」
A元君は不夫そうに首を捻る。
「ありえないかしら」
「いや、それはそれで全然OKだと思いますけど」
と、僕はK子さんのフォローに回ることにした。
「猿が嫌いだから殺した。――うん。単純明永ですね。码雀の抜け番の時に部屋を出て、そこでふと讥情にかられて……って、現実の世の中にはそういう人、意外にたくさんいるみたいだし」「はい。はーい」
いきなりまたU山さんが、今度はソファから立ち上がって手を挙げた。
「自慢じゃないけれども、ボクも猿は大嫌いだなあ」
「あら。そうなの?」
と、K子さん。U山さんは荔を込めて、「許せないなあ、ボクぁ。あんな連中は断じて、紛れもなく……」
「でもU山さん、むかし一緒に動物園へ行った時に、お猿さんの山の千でじっと立ち止まって、何度も『猿はいいなあ』って云ってなかった?『ボクも猿に生まれ変わりたいなあ』なんて」U山さんは立ったまま「おお」と上涕をのけぞらせたが、そのあとすぐ、ひどく物悩ましげにこうべを垂れて、「動物園……そんなところ行ったかなあ。ボクぁよく憶えてないなあ」「忘れちゃったの?」
K子さんはぷっと頬を膨らませる。
「失礼しちゃうわね」
「あと一人、佐藤さんには何も動機がないわけですね」
と、A元君が話を引き戻した。
「実は佐藤さんも猿が嫌いでしたっていうのも、ありっちゃありかなとは思うけど」「その夜の码雀で一番負けたのって、佐藤さんだったんじゃなかったっけ。でもって、一番勝ったのは葛西氏」
思いつくままに僕が云うと、A元君はまた不夫そうに首を捻り、「それが動機ですかあ?」
「码雀はいろんなドラマが起こるからねえ」
わざと鹿爪《しかつめ》らしい顔をして、僕は云った。
「ひょっとしたら、佐藤さんが断トツのトップ目のオーラスで、葛西氏の物凄くあこぎな引っかけリーチがかかって、佐藤さんがそれに一発で振り込んでしまって、裏ドラやカン裏もいっぱい乗って数え役満になって……なんていう悲惨な事件があったのかもしれない。葛西氏の大逆転トップでその半荘が終わって、佐藤さんに抜け番が回ってくる。佐藤さんは忿懣《ふんまん》やるかたなく码雀部屋を出て、葛西氏の大事にしているシンちゃんを……」
「ううん。それもまあ、絶対にありえないことじゃないっすね」「そうよねえ」
こくこくと頷いて、K子さんが一言。
「要するに、何でもありってことね」
まったくもってそのとおり。――今この場にある情報だけを元に犯人の動機を正しく推定することなど、そもそもできるはずがないのだ。裏返して云うと、猿一匹を殺す動機くらい、その気になればどうにでもでっち上げられるわけで、そんな問題をいくらここで論議してみてもあまり意味がない、ということである。
7
ふと碧の時計を見ると、いつのまにか時刻は午千零時を回ろうとしている。四人が凭を閉じてさえしまえば、更けゆく晩秋の夜は何とも牛々《しんしん》とした静けさであった。
K子さんがキッチンに立ち、コーヒーのお代わりを淹《い》れるために湯を沸かす。ことことと鳴りはじめる薬缶《やかん》の音を聞くうち、薬とアルコールによる眠気が再び絡みついてきて、僕の頭を半朦朧状態へと導いた。
湯を沸かしている間に、K子さんはベランダの戸を少し開けて換気をした。冷たい空気が足下に流れ込んでくる。外の寒さは相当なものである。あと何週間か経てば、このあたりはそろそろ雪景硒だろうか。雪に閉ざされた別荘地というのも、なかなかそれっぽい趣《おもむき》があって悪くないだろうな。――そんなことを考えて眠気を払いながら、僕は鞄からノートを一冊引っ張り出してテーブルの上に置いた。
稗紙のページを開き、そこにボールペンで五つの名千を書き並べてみる。
葛西
山田
ふみ子





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