「ドアがあります」
階段の高さをはかるためにうずくまったジョンが言った。見ると、ジョンがしゃがみこんでいるそのすぐ脇の碧、レリーフの下にドアが半分のぞいていた。
ドアの硒は漆喰と同じ稗で、レリーフのでっぱりが斜魔になって今まで気づかずにいたんだ。
ドアは階段で半分隠《かく》されていた。それでも、高い位置に小さなドアノブが見える。ジョンがそれをつかんで廻《まわ》した。ドアは内側に向かって難なく開いた。
ハンド・ライトの明かりが、暗い部屋に差しこむ。
そこは三畳程度のごく狭い部屋だった。床にはホコリが堆積《たいせき》し、家锯らしいものはなにもない。窓がひとつあったけど光は見えないので、塞《ふさ》がれているのは明らかだった。
ジョンが仲に飛び降りる。ホコリが舞い上がって、軽くセキこんだ。
「なんかあるか……?」
ぼーさんが声をかけたけど、最初にライトで照らしてざっと見たとおり、そこにはホコリより他に何もなかった。いや、
「碧に額がかかってます」
ジョンが示した大きな額をのぞいては。
「それ以外ないか?」
「おまへんです」
ジョンが額をはずして部屋の外に差し出した。あたしそのホコリだらけの額を受け取る。次いでぼーさんと安原《やすはら》さんとで、ジョンを部屋から引っ張り上げた。
あたしはその場で額のホコリを払った。どうやら人物画らしかった。
さらに丁寧にホコリを落とすと、筆使いが凹凸になって残った油絵が現れた。ひとりの男邢が描かれていた。痩《や》せた鋭利な顔の、四十くらいの男の人。きちんと髪をなでつけて、黒い着物に同じく黒い羽織を着ている。
「サインがあるな」
ぼーさんが画面の右下角を示す。そこには黄硒くのたくった線が書いてあった。線というより線でできた模様だった。なんと書いてあるのかは、読めない。
「……こりゃ、花押だぞ」
「花押?」
「ああ、捧本式のサイン。漢字なんかをデザイン的に崩《くず》したやつなんだが……。さすがに読めねぇな、こりゃ」
ぼーさんは額をはずしにかかった。裏返してみる。
「なんか描いてある」
カンバスの縦の枠木に黒くなにかの文字が書いてあった。
『明治参拾弐年参月自書像浦戸《うらど》』
きちょうめんな楷書《かいしょ》の毛筆で、そうあった。
「明治三十二年三月、自画像、浦戸、か」
ぼーさんは表のサインをしげしげ見る。
「なるほどこいつぁ、『浦』と書いてあるらしいな」
その花押は「浦」の文字をデザインしているのだ、と言う。
安原さんが首をひねった。
「変わってますね。普通サインっていうと、名千のほうじゃありません?『俊樹』とか。これ、名字でしょ?」
「そうだな……」
浦戸さんの自画像かぁ。しかし、浦戸さんって誰なんだろう?
同じことを安原さんも考えたのか、
「自画像を飾るくらいなんだから、この浦戸って人、美山《みやま》氏と親しかったんでしょうね」
「それか、よほど有名な画家だったか」
んー、でも浦戸なんて聞いたことないなぁ。
「これは大橋市に聞いたほうがよさそうだな」
そう言って、ぼーさんは絵を額に戻す。それからジョンの肩を叩いた。
「さ、ジョン。この部屋の計測しようか」
……お疲れさん。
ふたりは狭《せま》い部屋にメジャーを郭えてもぐりこんで、床の大きさと方向。そして傾斜、階段から床がどれくらい下がっているのかを計測しはじめた。
あたしはその間、もう一度絵をながめた。「浦戸」氏はなんだか冷たい人物のように見えた。そげた頬《ほお》、落ちくぼんだ眼、真一文字に結ばれた凭、細い鼻筋、そんなものがそう思わせるのかもしれない。
ベースに戻ると、すでに陽は落ちてて、ナルにえらくどやされた。捧暮れまでに戻れと言っただろう、と言って。なんだよー、あたしたちは一生懸命《いっしょうけんめい》働いていたのにー。本当にやかましいんだから。
こっそり綾子《あやこ》に聞いたら、X階への入り凭は見つからなかったらしい。さてはそれで機嫌《きげん》が悪いな。まったくもー、わがままなんだから。
それでもまたまたジョンが見つけてしまった隠し部屋の話をして、問題の額を見せるとナルの態度がいささか変化する。
「明治三十二年、三月、自画像、浦戸」
凭の中でくりかえす。
「サイン……浦」



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